手嶋 龍一 / 新潮社
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9.11の報道で「真面目な人」という印象だった手嶋龍一氏。ウルトラダラーを読んで「テッシーったら、ロマンチストなのね」と思わずニタニタしてしまった。ウルトラダラーの主人公スティーブンはマンガ“ギャラリーフェイク”の藤田に少し似ている気がする。最初の話題が浮世絵だったから余計にそう感じたのかも。車や競馬やさまざまな文化的なエピソードがおしゃれに、スマートに、華やかに、ウンチクたっぷりに(それでもサラッっと)散りばめられ、知的に快い刺激となって物語を読み進めることが楽しい。それらはとても魅力的ではあるけれど、心の深いところに静かに染み渡るような感動はなかった。
スティーブンが「先生、われわれはインテリジェンスという言葉を、情報や諜報という意味でいともたやすく使っていますが、ほんとうは何を意味するのでしょうか」と尋ねるくだりで「知性によって彫琢しぬいた情報」とブラックウィル教授が答える。子ども向けのファンタジーで長老が主人公に言って聞かせる場面と同じ。手嶋氏は長老(教授)の口を借りて読者にメッセージを伝えている。
手嶋氏のオフィシャルサイトに産経新聞から転載された「ウルトラ・ダラーを追え!」という対談がある。この中で、インテリジェンスに関して語られているのが「 vol.5 情報の「真贋」見極め日米に差 」というパート。そのへんのオバチャンである私なんかでも日本のインテリジェンスは何をしているんだ?もしかしてそういう役割の人がいないのか?と苛々するようなことがある。でも、逆に佐藤優氏のような人を見ると、本能的に「怖いなあ」と感じることも確か。
もしかしたら、インテリジェンスを防衛や協調のために働かせることは怖くないけれど、攻撃や権力闘争のために働かせたら、とたんに怖くなるんじゃないかな?手嶋氏のオフィシャルサイトの書評コーナーには佐藤優氏とのドキドキするような対談も載っている。(月刊「現代」5月号掲載)
ここに後藤田氏の逸話が出て来て佐藤氏が語っている。
| 一昨年、朝日新聞が自衛隊発足50年にあわせてインテリジェンスの特集を組んだ記事の第1回に後藤田さんのかなり長文のインタビューが掲載されています。恐らく後藤田さんが生前インテリジェンスについて統括的に語られた最後のインタビューだと思いますが、この中で後藤田哲学の一番の問題点が明らかになっています。ここで後藤田さんは、情報の収集は必要だ、ただし謀略はやってはいかんと言っているんです。しかしインテリジェンスの世界では、謀略を伴わないインテリジェンスはありません。「謀略」というと言葉の響きが悪いので、敵がやるものを「謀略」「情報操作」、われわれがやるものを「政策広報」と呼んだりしますが、やっていることは一緒なんです。 |
は~、やっぱり佐藤氏は怖い。そりゃ攻撃は最大の防御とは言うけれど。防御すればよしとするような美学はないらしい。彼の闘志溢れるオーラがインテリジェンスをまとうと凄みになる。スティーブンには凄みがないけれど、マイケルにはちょっとある。そんな所にも純粋な知的探求の延長にあるインテリジェンス(指導者に差し出すレポートのような)と、遂行するべきターゲットを持つ者のインテリジェンスとの違いを感じる。
一般的なスパイ小説は純粋な知的探求としての楽しみなんだろうけれど、ウルトラダラーは現代をそのまま写し取っているのでそうはなっていない。そういう、ちょっと生臭いところが面白かった。スティーブンは生臭くささをカバーするミントのようなものなのかもしれない。
わたしがウルトラダラーを読み終わった数日後、産経新聞のトップ記事に「特定失踪者 北朝鮮、職種絞り拉致?」という記事が載った。夫に「ウルトラダラーってフィクションなの?ノンフィクションなの?」と聞かれ「わかんない。フィクションだと思ってたんだけど」と答えた。