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      <title>春生姜日記</title>
      <link>http://sage.pooton.net/blog/</link>
      <description>子育て世代が、学校教育とボランティアから「ともに生きる社会」を考える日記</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2008</copyright>
      <lastBuildDate>Tue, 07 Aug 2007 15:29:49 +0900</lastBuildDate>
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         <title>子育て支援系ＮＰＯとＣＳＲ</title>
         <description><![CDATA[『子ども虐待という第四の発達障害』を図書館に返却に行ったら、『子どもたちの叫び　児童虐待、アスペルガー症候群の現実』が新刊の棚に置かれていた。イモヅル式に借りて来て読んではみたのだが、こちらは安直なワイドショーで殺人事件を見た時のような後味の悪さが強く残った。

<div class="booklog-all" style="margin-bottom:10px;"><div class="booklog-img" style="float:left; margin-right:15px;"><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/475714153X%3ftag=harusyouganik-22%26link_code=xm2%26camp=2025" target="_blank"><img src="http://ec1.images-amazon.com/images/I/01-OWQHnChL.jpg"  class="booklog-imgsrc" style="border:0px; width:100px"></a><br></div><div class="booklog-data" style="float:left; width:300px;"><div class="booklog-title"><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/475714153X%3ftag=harusyouganik-22%26link_code=xm2%26camp=2025" target="_blank">子どもたちの叫び―児童虐待、アスペルガー症候群の現実</a></div><div class="booklog-pub">内野 真, オザキ ミオ, モバイル・コミュニケーション・ファンド / エヌティティ出版(2007/03)</div><div class="booklog-info" style="margin-top:10px;">Amazonランキング：323777位<br>Amazonおすすめ度：<img src="http://booklog.jp/img/3.gif"><br><div class="booklog-review" style="margin-top:6px; padding-left:3px;"><img src="http://booklog.jp/img/1.gif" align="absmiddle">サブタイトルに「現実」がつくのはどうかな<br><img src="http://booklog.jp/img/5.gif" align="absmiddle">自分とは関係のない話しではない<br></div></div><div class="booklog-link" style="margin-top:10px;"><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/475714153X%3ftag=harusyouganik-22%26link_code=xm2%26camp=2025" target="_blank">Amazonで詳細を見る</a><br><a href="http://booklog.jp/asin/475714153X/via=harusyouga" target="_blank">Booklogでレビューを見る</a> by <a href="http://booklog.jp" target="_blank">Booklog</a><br></div></div><br style="clear:left"></div>

この本を読んだ数日後、友人に、まるで本の内容の一部をなぞるかのような「実体験」を告白され内心唸った。その友人にこの本があることを伝えられなかった。「この本は虐待児やアスペルガーの子ども本人、あるいはその家族達の助けにはなるとは思えない」と感じたからだ。Amazon の書評にも似たような意見を見つけた。

『子どもたちの叫び』は<a href="http://www.mcfund.or.jp/">モバイル・コミュニケーション・ファンド</a>が出資して作られた本だ。先日届いた<a href="http://www.alterna.co.jp/">オルタナ</a>に「尖ったＣＳＲ」なんつうカッコ良さげな言葉が載っていたが、こんなにチリチリと心が痛い尖りなら、横並びＣＳＲのほうがマシなんじゃないか？

だがしかし、子どもの虐待防止や発達支援に関わるＮＰＯ団体は、資金繰りのために企業のＣＳＲ活動と提携するような社会的な動きが盛んになっているので、企業のＣＳＲ担当が助成対象事業の社会的な価値を見極めることが難しい状況になってきているのではないかとも思う。
資金を出せる者が、倫理観を打ち出せる者であってほしい。
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         <link>http://sage.pooton.net/blog/archives/2007/08/sakebi.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">育児と地域社会</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">軽度発達障害</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 07 Aug 2007 15:29:49 +0900</pubDate>
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         <title>虐待とレジリアンシー</title>
         <description><![CDATA[実践障害児教育での杉山登志郎氏の連載が１冊の本になって発行された。
一気に読めてしまう、というより「グイグイと読まされてしまう」本だ。

<div class="booklog-all" style="margin-bottom:10px;"><div class="booklog-img" style="float:left; margin-right:15px;"><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4054033652%3ftag=harusyouganik-22%26link_code=xm2%26camp=2025" target="_blank"><img src="http://ec1.images-amazon.com/images/I/21%2B2pMhmqtL.jpg"  class="booklog-imgsrc" style="border:0px; width:100px"></a><br></div><div class="booklog-data" style="float:left; width:300px;"><div class="booklog-title"><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4054033652%3ftag=harusyouganik-22%26link_code=xm2%26camp=2025" target="_blank">子ども虐待という第四の発達障害</a></div><div class="booklog-pub">杉山 登志郎 / 学習研究社(2007/04)</div><div class="booklog-info" style="margin-top:10px;">Amazonランキング：10737位<br>Amazonおすすめ度：<img src="http://booklog.jp/img/5.gif"><br><div class="booklog-review" style="margin-top:6px; padding-left:3px;"><img src="http://booklog.jp/img/5.gif" align="absmiddle">一生涯に及ぶ影響を与える虐待<br></div></div><div class="booklog-link" style="margin-top:10px;"><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4054033652%3ftag=harusyouganik-22%26link_code=xm2%26camp=2025" target="_blank">Amazonで詳細を見る</a><br><a href="http://booklog.jp/asin/4054033652/via=harusyouga" target="_blank">Booklogでレビューを見る</a> by <a href="http://booklog.jp" target="_blank">Booklog</a><br></div></div><br style="clear:left"></div>

この本には虐待を倫理的な側面から裁くような苦さはない。人情に訴えて「かわいそう」とか「許せない」とか、そういうレベルで虐待を語っていないので、げんなりすることなく読める。

子ども虐待症例（総数５７５名）に認められた問題の中で最も高いポイントであったものは「解離性障害」で５９％。１２歳以上では８１％にもなるのだそうだ。

<TABLE width="90%" border="1" align="center" cellpadding="15" cellspacing="0" bgcolor="#FFFFCC"><TR><TD>「子ども虐待は保護をすればそれで終わり」あるいは「虐待の心の傷に対しては心理治療を行えば十分」。もしそのような誤解が一般的に広まっているのであるとしたら大きな悲劇である。子ども虐待は脳自体の発達にも影響を与え、さまざまな育ちの障害を引き起こす。
</TD></TR></TABLE>

解離についての詳細は「書籍を読んでね」というところだが、たとえば「記憶が飛んでいる（ブラックアウト）」とか「ものごとの実感がなくなってしまい、とても苦しい（離人感）」とか「何かに操られている感じ（被影響体験）」「ふだんとは違った状態へとスイッチが切り替わる（スイッチ行動）」などだそうで、しかも子どもの場合には明確にそうだとは言えない形で現れることが多いのだそうだ。

虐待児のイメージとして、アザがあるとか、世話されていない風貌とか、体が小さいとかが浮かんでいたのだけれど、そういう子はあまり見ない。でも、急に人格が変わったようになる子とか、ある出来事をまったく覚えていない子とか、そういう子なら、フツウにいると思う。受験期でストレスが超たまっている子なんかもそういう感じになる子がいる。そう考えると過度な受験ストレスや過度な療育と称した訓練は虐待に値すると思う。

さて『子ども虐待という第四の発達障害』の中で光と感じられるのが「子育ての未来」という章。
近年、トラウマの研究からレジリアンシー（復元力）という概念が注目されていて、逆境に強い子、ベトナム戦争でＰＴＳＤを発症しない人には共通する特徴があることがわかったのだそうだ。
こうしたよいモデルと悪いモデルとをつなぎ合わせて筆者が「子ども虐待に対してなすべきこと」として提唱する４つの指針に、「はい、先生、わかりました。」と素直に思えた。]]></description>
         <link>http://sage.pooton.net/blog/archives/2007/08/dai4.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">思春期と心</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">軽度発達障害</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 06 Aug 2007 19:08:24 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>叔父の家と都会のストレス</title>
         <description><![CDATA[<img src="http://sage.pooton.net/blog/images/kakino01.jpg" width="250" height="188" hspace="10" vspace="10" align="left">春の連休に新緑を謳歌する田舎で過ごしてから品川に戻ると風が違うので窒息しそうな感じになる。
２０年以上住んでいる品川はわたしの第二の故郷だし、様々な事情があるにしても最終的には自分の意思で選択して住み続けているので「ここは都会で暮らしにくい場所だ」となどと言い捨てることはできないが、たぶん品川の狭い家で暮らすことはわたしの心身のストレスとなっていて、ジワジワと確実に精神と肉体を蝕んでいるのだろう。


<img src="http://sage.pooton.net/blog/images/kakino02.jpg" width="188" height="250" hspace="10" vspace="10" align="right">田舎の叔父の家に行くと「人間に合う空間」を感じることができる。空間のつくり方、風の通り方、自然との関わり。

この家は、別荘だった小さな建物を建築家の叔父が増改築したので、一般的な住居とは趣が異なる。写真は居間で雑誌を見る夫と（上）とライトホール（光がいっぱいの広い廊下のようなスペース）で本を読む娘（右）。森の中に住んでいるような家だ。蔵書を貯め込むスペースが多いこと、広いデスクがある仕事部屋も快適。家族がテレビの前でゴロゴロするようなスペースはない。

叔父の家のようすは<a href="http://www15.plala.or.jp/ohta-atelier/works/work03_1.swf">ココ</a>から

叔父の家で暮らすには「衰退する農村の地方自治」の中に入り、ひとり一台のマイカーを持つことで「車社会を推進」し、薪割りをして冬に備えなければならない。どれもやりたくないことだ。
住居が自然と共に暮らすようにできていても、生活すべてをその方向に切り替えることは難しい。
叔父の家を「いいなあ」とうらやましがりながら、わたしは都会のウサギ小屋であと数年は暮らすことになるだろう。]]></description>
         <link>http://sage.pooton.net/blog/archives/2007/08/kakino.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ママ妻日記</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 04 Aug 2007 17:17:54 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>子を愛せない母 母を拒否する子</title>
         <description><![CDATA[昨年秋「キレる子」についての講演会で愛着障害という言葉を知った。数ヶ月後に別の講演会で「月刊障害児教育」をもらい、杉山登志郎氏の連載でヘネシー・澄子氏の本を知り、読んだ。
<div class="booklog-all" style="margin-bottom:10px;"><div class="booklog-img" style="float:left; margin-right:15px;"><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4054024904%3ftag=harusyouganik-22%26link_code=xm2%26camp=2025" target="_blank"><img src="http://ec1.images-amazon.com/images/I/2199SSHANNL.jpg"  class="booklog-imgsrc" style="border:0px; width:100px"></a><br></div><div class="booklog-data" style="float:left; width:300px;"><div class="booklog-title"><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4054024904%3ftag=harusyouganik-22%26link_code=xm2%26camp=2025" target="_blank">子を愛せない母 母を拒否する子</a></div><div class="booklog-pub">へネシー 澄子 / 学習研究社(2004/10/13)</div><div class="booklog-info" style="margin-top:10px;">Amazonランキング：16257位<br>Amazonおすすめ度：<img src="http://booklog.jp/img/4.gif"><br><div class="booklog-review" style="margin-top:6px; padding-left:3px;"><img src="http://booklog.jp/img/4.gif" align="absmiddle">子育てしている人も、福祉の人も<br></div></div><div class="booklog-link" style="margin-top:10px;"><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4054024904%3ftag=harusyouganik-22%26link_code=xm2%26camp=2025" target="_blank">Amazonで詳細を見る</a><br><a href="http://booklog.jp/asin/4054024904/via=harusyouga" target="_blank">Booklogでレビューを見る</a> by <a href="http://booklog.jp" target="_blank">Booklog</a><br></div></div><br style="clear:left"></div>

<TABLE width="90%" border="1" align="center" cellpadding="15" cellspacing="0" bgcolor="#FFFFCC"><TR><TD>何らかの原因から「愛着の絆」が充分に結べないと、子どもの人格形成の大切な部分に障害が起きます。
ひとつは、「自分のイライラや不満を抑える力」に欠け、泣いたらなかなか泣き止まず、衝動にまかせて走り回り、じっと座ったり静かに寝たりしていられません。＜中略＞多動なのでＡＤＨＤという診断名が誤ってつけられることがあります。でも本当のＡＤＨＤと違うのは、「対人関係が築けない」というもうひとつの障害があることです。
</TD></TR></TABLE>

教師の観察によって<a href="http://sage.pooton.net/blog/archives/2004/10/post_91.html">アバウトに算出された6.3%</a>の子どもたちの中にも愛着障害の子どもがいることになる。学校で介助員として子どもに関わることを考えた時、こうした愛着障害の子どもにＡＤＨＤと同じように接していても効果は上がらないと察せられる。そもそも子どもと介助員との間に信頼関係を築くことが困難かもしれない。

「愛着障害は発達障害に含めるものなのか」とか「愛着障害を特別支援教育の対象とするのか（介助員配置の基準を満たすのか）」などを問うつもりはない。それは現実の子ども達を目の前にしたときに不毛な議論だから。

人なつこいＡＤＨＤ系の子はとてもかわいい。「あ～あ」と思うことをしょっちゅうしてくれるけれど、憎めないヤツ。衝動に弱いというより、外からの刺激によく反応してしまい、それをバカ正直に出してしまって叱られるというイメージだ。それに対して、内なる衝動を人にぶつけ、その反動で自分も傷つくようなキレかたをする子どももいる。こうした子どもは鬱屈したものをこちらに感じさせる。２次障害なのか、愛着障害なのか、それが混ざっているのか。

わたしが介助員としてできることは、もし、衝動のコントロールが弱い子どもの支援に携わるとしたら、その原因がＡＤＨＤであるか愛着障害であるかを観察しつつ、信頼関係を結びにくいようであれば、より辛抱強く淡々と援助する、ということ。
とは言え、体力的に疲れると「根本原因である親子関係を修復してくれ」と思わずにはいわれないのだが。親子関係の修復という部分では、ごく親しい友人や肉親か専門家でもない限り支援することは難しいだろう。

介助員ごときが関われる限界を感じ取りつつ、それでも「教室で支援の気持ちを持ち続ける大人がひとりそばにいる」ことに何かの意味と力が宿ると信じながら時を過ごす、それもまた介助員にできることのひとつなのかもしれない。]]></description>
         <link>http://sage.pooton.net/blog/archives/2007/07/rad01.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">育児と地域社会</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">軽度発達障害</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 22 Jul 2007 15:29:14 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>クジ引きで選ばれた役員を不適格者と言う『無理』 </title>
         <description>友人が電話で「ＨさんとこのＴ小学校は役員決めが大変だったんだって～」と教えてくれた。なになに、Ｔ小学校は確かにＰＴＡ大変なんだよね、で、なんでモメたわけ？「それがね、結局誰も立候補がないし、役員が決まらなくて、くじ引きだったんだって。それで、くじ引きで選ばれた本人はやる気もないし、周囲も『この人じゃ役員はできない』ってなったんだって」

は？
なんのための「くじ引き」なんだ？そもそも「くじ引きで決めよう」と皆でルールを決めた段階で「誰が選ばれてもうらみっこなしヨ」ってのが不文律じゃないのか？くじ引きってのはそういうもんじゃないのか？くじが当っても「やれません」だの、ましてや、くじが当った人に対して「あんたじゃダメ」ですの、それって「くじ引きで決めよう」という決断をした責任を放棄してるんじゃないか？『無理が通れば道理ひっこむ』っていうの、そのまんまじゃないんでしょうか。ま～いいけど。人の学校だし。最終的には誰かやるんだろうし。

この話で一番「なんだソレ、へんだよ」って思ったのは『この人じゃ役員はできない』ってところ。確かにＰＴＡは学校や地域とのつながりもあるし、何にもわかってない人には意味不明・魑魅魍魎の世界で渡りきれないかもね。だからと言って「できない」なんてことはない。「できない」って言う人たちはきっと「自分にはできてあの人にはできない」「自分にはわかっていてあの人にはわからない」と思っているんだろう。「いまの委員長にはできるけど、わたしにはできないし、ましてやあの人になんかできない」ってのもアリかな。

たしかにＰＴＡの動きや流れがわかっている人と、まったく初めてですという人では仕事の大変さが違うだろうし、ワケわからん人が担当になれば学校や地域との連携で失敗して大事件に発展なんてこともあるかもしれない。
でも、そんなときは、失敗して大事件になってもいい、くらいの心構えでやればいいんだと思う。ＰＴＡの失敗が子ども達の健全育成に色濃く悪影響を及ぼすなんてことはあまりない。せいぜい「今年のＰＴＡはてんでなってない」とか悪い評判が立つくらいのもんだと思う。いいじゃん、悪く言われるくらい、ナンボのもんでもない。

自分がＰＴＡの活動を一生懸命して、システムを改善したり、予算をうまくやりくりしたりという経験があると、ついついＰＴＡに思い入れが大きくなって、後任にも同じようにやってもらいたかったり、自分と同じ苦労はさせたくなかったり、色々考えてしまうこともあるんだけれど「わたしがＰＴＡで何かを学んだように、他の誰かも、その人に合った何かを学ぶんだろうな」って今は思う。だから後任者は、好きなようにＰＴＡをやればいいんだと思うし「どうせやるなら楽しくやりな」ってだけ、思う。

ＰＴＡの役員決めに難航する学校が多いからこそ、ラフで参加型である意味無責任でもＯＫてなＰＴＡがいいと思うんですけどね。はじめは無責任でも、やってるうちに責任感が出てくるのは子どもも大人も一緒じゃないかな。

何年か前にＰＴＡ会長を何度もやっている民生委員さんに「教えてください。そもそもＰＴＡって必要ですか？」と聞いたら「そうねえ、普段は必要ないわね。行事とかもいらない。でもいざ何かあったときには親たちが協力していかなきゃならない。普段からＰＴＡで親同士の交流があればいいけど、何もＰＴＡの活動がないと、いざというときに親同士が協力して動く仕組みがないから困るのよ」と教えてくれた。とっても納得。納得したら「つまんね～やる気もしね～ＰＴＡ行事」でもきちんと参加して役割を果たして行くことが無意味じゃないと思えるようになった。それと、ＰＴＡ活動をそんなに一生懸命、やせるほど気を使ってにやらんでもいいこともわかった。まあ、やせるほど気を使ったことなんてないんだけどね。</description>
         <link>http://sage.pooton.net/blog/archives/2007/03/kujibiki.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">学校教育と子ども</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">育児と地域社会</category>
        
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">PTA</category>
        
         <pubDate>Fri, 16 Mar 2007 17:13:49 +0900</pubDate>
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         <title>群れて共感してスッキリして「問題は持ち越し」はイヤ</title>
         <description><![CDATA[８年前。クラス運営に不安や不満を言うママ達があんまりやかましいんで「じゃあ園にどうして欲しいわけ？」と聞いた。わたしがクラス委員だったから、まとめなきゃならなかったのだ。そのやりとりを聞いていたもう一人のクラス委員が「ちょっと待って。その聞き方だと誰も何も言えなくなっちゃうよ」って教えてくれた。当時はわからなかったけれど、今考えれば「やかましいママ達は、クラス運営の問題を解決したかっただけでなく、不安を口にして共有することで安心したかった」とわかる。

「じゃあどうすればいい？」みたいなドライな言い方を仲間うちではしてはイケナイと学んだけれど、実際に何かを解決しなければならない時でも、ママ達は問題解決方法を考えるのではなく不安と不満を言い、それを「そうよね～」とか「わかるわかる」と共有することで解決したような気分になって、はい、終わり、みたいな集会の閉じ方だったりすると、私としては時間の無駄だとトホホなこともある。だって問題は解決してないから、また集まらなければならないのだ。

「あの人ったら、こうなのよ！ほんと、何考えてんのかわかんない。信じられない！」というような所で思考を止めるなヨ、頼むから。ママ友を前にそう思うことは減らない。異なる意見を言う時には「あなたを否定しているワケじゃないのよ、違う考え方なの、あなたより優位に立ちたいワケでもない」という姿勢を言葉を変えてアピールしないと気分を害する人も少なくないし（こういうケースは町会の婦人部のような先輩後輩的な力関係のある集まりで多い）、そういうことは、めんどう臭い。

気持ちを共有することで納得できるママたちは、問題解決能力は一見低い。しかし、人情に厚く助け合いに優れているので、その結束力で問題解決を成し遂げることも少なくない。それに、主婦ひとりの力で解決できない問題は家庭の中でも社会でもある。そんな時、問題は根本的に解決できなくても同じ気持ちの仲間がいれば安心だしとりあえず大丈夫というわけのわからんパワーで今晩の御飯を作り、明日の朝食も作り、そうして生活を健全に営んでいく力は絶大だと思う。だって多くの子どもはこの力に支えられて生きているのだもの。

だから「じゃあどうしたらいいのか。何が可能なのか」というように理詰めで考える者が優れているなんて思わない。それぞれ、違う個性が花開いているだけなんだと思う。個性の違う仲間と一緒に力を合わせてやっていくことは、めんどう臭い。だけど、その面倒臭さを頑張って丁寧にやっていくことが今の私にとっての「共生」かな。

たまたま１年前に「<a href="http://sage.pooton.net/blog/archives/2006/02/post_168.html">解決しないで共感する</a>」という類似テーマのエントリを書いている。あのとき「共感してあげられる存在になりたい」と、なんとなく「そうじゃないなあ」と感じながら書いた。

いま、個性を尊重する気持ちが以前よりも深く持てるようになり、尊敬できると腹も立たないし、信じることもできるし、一緒にやっていこうと思えるなぁと感じている。「同じようには感じないし、あなたの意見に賛成もできないけど、あなたの選択やその結果の人生と個性を尊敬している」と思えるようになった。こういう姿勢を「共感する」と表現してもいいのではないか。共感不能なワタシの共感方法。]]></description>
         <link>http://sage.pooton.net/blog/archives/2007/03/kyoukan.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">社会問題と精神</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 14 Mar 2007 17:10:40 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>生涯教育と講習会</title>
         <description>品川区で介助員として働くようになってから、通信制大学で関連科目をいくつか履修しつつ、図書館で本を借りながら勉強し、参加可能な講習会には積極的に出席してきた。昨年は１７本の講習会に参加したが、ほとんどが無料か資料代程度の費用で参加できる。日本が生涯教育に力を入れ始めたのはいつの頃からかあまり知らないが、現在わたしは「学ぶ気があればいつでも学べる」環境にあり、なんのかんの言っても日本の豊かさや教育力の高さを身を持って感じている。

１７本の講習会でいちばん楽しかったのは「少人数ゼミ式」のものだ。主催者側には気の毒だが、たまたま参加人数が集まらなかったこと、参加者の現場経験が講師の力量を凌駕していたことなどが原因となり、結果的にゼミ形式になってしまったのだ。現場を良く知る参加者が、講師が用意したワークショップによって自分自身の抱えていた懸案事項をより広い視野で考え直すことができていた。「自分で解決する力」を持ち帰ったのだから、いわゆる講演会型の講習会よりも参加者が得るものは遥かに大きい。

いちばんつまらなかったのは浅く広くまとめた子育てセミナー。たとえば「品川裕香先生のお話」と「大河原美以先生のお話」と「虐待」の話がセットになってるというようなもの。こういうのは校長先生のお話にも多い。毒にはならないが薬にもならないという感じ。

参加する講習会はたいがい１時間半程度のものだが、講話のうち「そうなんだ～知らなかった～。すごい勉強になる～。」とか言うようなワクワク発見なんてのは時間にすると１０分くらいなものだ。あとの１時間２０分は楽しくないし、有名な講師の場合にはその方の著作を何冊か読んだほうがずっと深く理解できる。
先日は品川裕香さんの講演会に参加したが、１時間半彼女の話を聞くだけよりは、彼女の書籍を読み、教育再生会議の議事録（けして議事要旨ではない）を全文読んだほうがいいと思う。しかし今回も「それ知らなかった」というわたしにとってのツボが講演の中にあった。それは「子どものウツ」。

「日本ではあまり言われないが、子どもがあばれる・噛みつくなどは欧米ではウツを疑う。日本の専門家は北大のデンダ先生とか熊本大学の先生くらい」と品川氏はサラっと流した。この講話の内容としては雑談クラスの情報だから。
でもわたしにとっては「この情報が今回の講演会の収穫」だった。

さっそく家で「子どもの鬱」を調べ、傳田先生の名前をみつけ、Amazonで検索をかけ、品川区の図書館で書籍を予約する。（ちなみに区の図書館では傳田ではなく伝田になっている）ここからまた「子どもの鬱と、教室での荒れ、傍にいる大人としてどう関わりを持つとサポートになるのか」というわたしなりの学習が始まる。</description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">社会問題と精神</category>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">軽度発達障害</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 02 Feb 2007 11:05:33 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>エラゴン　サフィラの下半身</title>
         <description><![CDATA[<IMG src="http://sage.pooton.net/blog/images/safira.jpg" alt="左のドラゴンがサフィラ" width="200" height="132" hspace="10" align="left">サフィラ、なんだかあなた、ただの恐竜みたい。あなたの「サファイアのように煌めく鱗」はどうしたの？爬虫類みたいな色にされちゃって・・・気高い女としてどう？姿をこう作られて不満はない？

わたしはドラゴン好き。特にドラゴンライダー作品中のドラゴンは気高くて、とっても好き。今まで見た映画のドラゴンで一番外見がマヌケだったのはネバーエンディングストーリーのラッキードラゴンで、まあアレを見てしまえば他はどれも立派なドラゴンではあるんだけれども、サフィラは美しい女性ドラゴンなんだから、こんなに臀部と大腿筋、後ろ足を太くしないで欲しかったわ。そりゃファーザンドウアーなんかじゃ随分と歩いたりしますけども、元来空を飛ぶ生き物なんだから下半身が太くて重かったら飛べませんて。いったい誰よ、デザインしたのは。クリストファー・パオリーニは不満じゃなかったのかしら？

絵は『エラゴン』に登場するドラゴン、サフィラ。『エラゴン』には正統派ファンタジーアイテムが満載。ドラゴン、エルフ、魔法、種族の歴史、秘められた過去、秘密基地に集うレジスタンス、語り部、血のつながり、精神のつながり。自分探しの旅。

原作ファンとして文句つけたいのはサフィラの姿以外にも色々ありますが、それでもやはり楽しみです。<a href="http://movies.foxjapan.com/eragon/">公式サイトはこちら</a>ソニーマガジンの<a href="http://www.sonymagazines.jp/mmt/200510051600.html">特設サイトはこちら</a>]]></description>
         <link>http://sage.pooton.net/blog/archives/2006/11/safira.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">書籍・映画</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 29 Nov 2006 14:07:56 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>華胥の幽夢(かしょのゆめ)</title>
         <description><![CDATA[<div class="booklog-all" style="margin-bottom:10px;"><div class="booklog-img" style="float:left; margin-right:15px;"><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4062555735%3ftag=harusyouganik-22%26link_code=xm2%26camp=2025" target="_blank"><img src="http://images.amazon.com/images/P/4062555735.09._SCMZZZZZZZ_.jpg"  class="booklog-imgsrc" style="border:0px; width:100px"></a><br></div><div class="booklog-data" style="float:left; width:300px;"><div class="booklog-title"><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4062555735%3ftag=harusyouganik-22%26link_code=xm2%26camp=2025" target="_blank">華胥の幽夢(ゆめ)―十二国記</a></div><div class="booklog-pub">小野 不由美, 山田 章博 / 講談社</div><div class="booklog-info" style="margin-top:10px;">Amazonランキング：20845位<br>Amazonおすすめ度：<img src="http://booklog.jp/img/5.gif"><br></div><div class="booklog-link" style="margin-top:10px;"><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4062555735%3ftag=harusyouganik-22%26link_code=xm2%26camp=2025" target="_blank">Amazonで詳細を見る</a><br><a href="http://booklog.jp/asin/4062555735/via=harusyouga" target="_blank">Booklogでレビューを見る</a> by <a href="http://booklog.jp" target="_blank">Booklog</a><br></div></div><br style="clear:left"></div>

十二国記シリーズは面白かった。わたしと同年代の女性では、このシリーズのアニメを見たり原作を読んだりした人は少ないんじゃないだろうか。だから「みんな（ママ友達）が知らないイイものを見つけた」というヨロコビがチョットある。アニメは小春も夢中で見たけど、いつか原作も読んで欲しいな。文庫で１１冊出ていて、発刊順に読まなくても大丈夫。途中から読んでも、途中だけ読んでもＯＫ。

文学の分類としたらファンタジーなのだろうけれど、哲学的な色が濃いところが特徴。ネバーエンディングストーリーみたいな「おとぎの国と夢と希望」みたいな感じじゃない。指輪物語のような悪との戦い＆理想郷系とも違う。もちろんハリーポッターのような魔法系ではない。類似ファンタジーとしては、ゲド戦記の後年に継ぎ足しされた『帰還』以降の巻。人の営みをファンタジー的な設定で投影しているだけなので、これを読んでも夢の世界には行けない。でも現実の世界を生き抜く力になるね。女性がファンタジーを書くとこうなるのかな。

わたしはおおよそ発行順に読んだのだが、後半の方が哲学度が上がっているように思う。華胥の幽夢に至っては、哲学的なテーマはいいけれど、それを言葉でファンタジーに練り上げるのが面倒になっちゃったのかな？という気はする。だから短編集なのかな？と。

ストーリーを楽しみたいなら『東の海神　西の滄海』がおすすめ。延王はカッコイイ。サイコウ尚隆！！イイ男と言えば利広もなかなか。あ～、でも総じて十二国記シリーズの男達は女子中高生向けに作られているためか「生身」の感じがしないのよねえ、そこは物足りないねえ。仕方ないかぁ。

シリーズ中ナンバーワンのおすすめはタカビーで正義漢の１２歳の少女、珠晶が主人公の『図南の翼』。「正しいこと」なんてのは１２歳（思春期）にもなればわかるんだよね。でも「正しさを執行する＝人間を幸せにする」の図式は成り立たない。だからどうすればいいのかを、あと何十年もの寿命の間にそれぞれの人が考えていくんだなって思った。「ただ正論を言う奴なんか１２歳くらいのもんだ」ってことでもある。「正しいと思う（信じる）ことを、どう、人の役に立つシステムに作り上げていくのか」というテーマが『華胥の幽夢』につながっている。タカビー傾向のリーダー的な女子中高生＆「あいつリーダーだからっていばっててウザイ」なんて陰口たたいてる女子中高生はぜひ読むべし。

<div class="booklog-all" style="margin-bottom:10px;"><div class="booklog-img" style="float:left; margin-right:15px;"><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4062552299%3ftag=harusyouganik-22%26link_code=xm2%26camp=2025" target="_blank"><img src="http://images.amazon.com/images/P/4062552299.09._SCMZZZZZZZ_.jpg"  class="booklog-imgsrc" style="border:0px; width:100px"></a><br></div><div class="booklog-data" style="float:left; width:300px;"><div class="booklog-title"><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4062552299%3ftag=harusyouganik-22%26link_code=xm2%26camp=2025" target="_blank">図南の翼―十二国記</a></div><div class="booklog-pub">小野 不由美 / 講談社</div><div class="booklog-info" style="margin-top:10px;">Amazonランキング：21605位<br>Amazonおすすめ度：<img src="http://booklog.jp/img/5.gif"><br></div><div class="booklog-link" style="margin-top:10px;"><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4062552299%3ftag=harusyouganik-22%26link_code=xm2%26camp=2025" target="_blank">Amazonで詳細を見る</a><br><a href="http://booklog.jp/asin/4062552299/via=harusyouga" target="_blank">Booklogでレビューを見る</a> by <a href="http://booklog.jp" target="_blank">Booklog</a><br></div></div><br style="clear:left"></div>]]></description>
         <link>http://sage.pooton.net/blog/archives/2006/11/12kokuki.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">書籍・映画</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 28 Nov 2006 11:29:09 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>『王の男』東京国際映画祭</title>
         <description><![CDATA[<img src="http://sage.pooton.net/blog/images/ounootoko.jpg" width="294" height="142" hspace="10" vspace="10" align="left">東京国際映画祭のチケットを貰い夫と六本木へ。普段映画を観るのは品川プリンスだから六本木は『王の帰還』から２年ぶり。あら？「王さまは六本木で観る」パターンですな？
韓流ブームでまじめに観たドラマは「冬ソナ」「チャングム」「パリ恋」「チェオク」くらい。『王の男』に出ている俳優さんは人気があるらしいけど知らない。そんなんで、事前に<a href="http://www.kingsman.jp/">『王の男』の公式サイト</a>でストーリチェックはしたものの、たいして期待せずに出かけた。

それでもまあ、今まで見てきた韓流ドラマとはかなり質の違う作品で思ったより面白かった。
ストーリーの新鮮味はないけれど、クァンデの生き様は素敵。コンギルはキャラクターとして１本の筋が通ってないような気がして不満。コンギルの優柔不断さで女性性を表現しているために「筋が通ってない人物像」に見えてしまうのかもしれないけれど。以心伝心の深い同性愛がコンギルとクァンデの間にはあるはずなのに、「自分にしかこの男（王）の哀しみに寄り添ってあげられる者はいない」となると、コンギルはクァンデに辛い思いをさせてまで王の傍に残ろうとしたりする。しかも王への憐憫だけでなく、与えられた地位にも少しは欲を持っているらしい。このあたりのコンギルは「気持ちが揺れるようす」よりも「翻弄されるようす」で描かれていて、コンギル自身はどう思ってるんだろう？ってイライラする。

<img src="http://sage.pooton.net/blog/images/sonbeku.jpg" hspace="10" vspace="0" align="right">俳優陣は映画祭に来日したコンギル役の<a href="http://www.hf.rim.or.jp/~t-sanjin/ijungi_p.html">イ・ジュンギ</a>(上写真右)は人気がある人みたいだけど、やっぱりクァンデ役の<a href="http://www.hf.rim.or.jp/~t-sanjin/kamuson.html">カム・ウソン</a>(上写真中央)がうまかったなあ。王様役の<a href="http://www.hf.rim.or.jp/~t-sanjin/chonjinyon_p.html">チョン・ジニョン</a>(上写真左)もよかった。ま、チェオクの剣のチャン・ソンベク役、<a href="http://www.hf.rim.or.jp/~t-sanjin/kimminjun_p.html">キム・ミンジュン</a>(→)のほうが色っぽくてカッコいいと思うけど。<a href="http://www3.nhk.or.jp/kaigai/tamo/">チェオクの剣</a>は12月2日（土）午後11：10～0：10からＮＨＫ総合で再放送予定）]]></description>
         <link>http://sage.pooton.net/blog/archives/2006/11/ounootoko.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">書籍・映画</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 07 Nov 2006 21:07:24 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>『心からのごめんなさいへ』　著：品川裕香</title>
         <description><![CDATA[<div class="booklog-all" style="margin-bottom:10px;"><div class="booklog-img" style="float:left; margin-right:15px;"><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4805825936%3ftag=harusyouganik-22%26link_code=xm2%26camp=2025" target="_blank"><img src="http://images.amazon.com/images/P/4805825936.09._SCMZZZZZZZ_.jpg"  class="booklog-imgsrc" style="border:0px; width:100px"></a><br></div><div class="booklog-data" style="float:left; width:300px;"><div class="booklog-title"><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4805825936%3ftag=harusyouganik-22%26link_code=xm2%26camp=2025" target="_blank">心からのごめんなさいへ―人ひとりの個性に合わせた教育を導入した少年院の挑戦</a></div><div class="booklog-pub">品川 裕香 / 中央法規出版</div><div class="booklog-info" style="margin-top:10px;">Amazonランキング：20313位<br>Amazonおすすめ度：<img src="http://booklog.jp/img/5.gif"><br><div class="booklog-review" style="margin-top:6px; padding-left:3px;"><img src="http://booklog.jp/img/5.gif" align="absmiddle">またまた凄い本だ<br><img src="http://booklog.jp/img/5.gif" align="absmiddle">前半で大泣きし、後半で唸りまくった。強力なエネルギーの籠もった本だ<br><img src="http://booklog.jp/img/5.gif" align="absmiddle">新しい視点を得られる本です<br></div></div><div class="booklog-link" style="margin-top:10px;"><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4805825936%3ftag=harusyouganik-22%26link_code=xm2%26camp=2025" target="_blank">Amazonで詳細を見る</a><br><a href="http://booklog.jp/asin/4805825936/via=harusyouga" target="_blank">Booklogでレビューを見る</a> by <a href="http://booklog.jp" target="_blank">Booklog</a><br></div></div><br style="clear:left"></div>


４月に「<a href="http://www.e-club.jp/">NPO法人えじそんくらぶ</a>」の講演会に参加し、小冊子「～大人のＡＤＨＤストーリー～　ADHDという名の贈り物　～青年期以降のADHDの理解と支援のために～」を手にした。（冊子はえじそんくらぶのサイトからダウンロード可）この冊子の著者が品川裕香氏だった。彼女の『心からのごめんなさいへ』は宇治少年院における「軽度発達障害の支援を視野に入れた」特殊教育の実践記録。軽度発達障害にも特別支援教育にも興味がない方でも安倍内閣の教育再生会議は知っているだろう。彼女はこの秋、教育再生会議のメンバーになった。「少年院の矯正教育なんて自分の生活とは関係ない」などと構えず、ぜひ多くの人に読んで欲しい。

<TABLE width="90%" border="0" align="center" cellpadding="15" cellspacing="0" bgcolor="#FFFFCC"><TR><TD>「ちょっと長いあとがき」より
私は子どもたちの感じている、居場所のなさ、理解者がいない惨めさ、レッテルを貼られる怒り、そして何もできない自分に対して抱く絶望感について、ずっと考えています。

「はじめに」より
あなたの周りにいる子どもたちを応援するヒントが一つでも見つかることを祈りつつ。</TD></TR></TABLE>]]></description>
         <link>http://sage.pooton.net/blog/archives/2006/11/sinagawayuuka1.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">学校教育と子ども</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">書籍・映画</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">軽度発達障害</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 06 Nov 2006 19:07:04 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>その疑問文はどういう意味？</title>
         <description><![CDATA[Yahooニュースではただいま<a href="http://polls.dailynews.yahoo.co.jp/quiz/quizresults.php?poll_id=144&wv=1&typeFlag=1">「「受験に不要」で必修授業しなかった学校、どう思う？」</a>というテーマで投票が行われている。回答は「理解できない」「理解できる」「どちらともいえない」の３択。
さっき見た時点では「理解できない」が５５％。 cannot understand ではなくて「許せない」「何やってんだ」「バッカヤロー」っていう数字なんだろうな？「いまの教育事情ではさもありなん」と思っているわたしは「理解できない」「理解できる」のどちらにも投票できずに結果だけ見て帰ってきた。こういうのを日本語の曖昧さと言うんだろうか？よくわからんが、とにかくわかりにくい。わたしが学習障害か社会性の何らかの障害のために特異的に理解能力に欠けるのかもしらんが。

先日も似たようなことがあった。小春が学校から持ってきた学年便りの最後に「保護者の皆さんはどう思われますか？」と書いてあったのだ。そこには子ども達の以下のような言動が紹介されていた。
●場所をわきまえずに大声で騒がしい
●先生に注意されると「はぁ？」「何が？」と言う
●忘れ物しても笑顔で「忘れました！」と悪びれる様子もない
●言いたいことは授業中でも言う、やりたいことは我慢しない
そんなこんなの公立中学校の現状が紹介されたあと「保護者の皆さんはどう思われますか？」で文章が締めてある。

・・・・ええっと、どうって～ぇ～・・・よくないと思うよ。
でだ。この学年だよりにはいつもと違ってアンケートがついていたのだ。キリトリセン付の。
だから、どう思うかをアンケートに書いて出すべきなのかな？と思った。
でもさ「よくないと思います」って書いて出せばいいってもんじゃないよね？それじゃ小学１年生の回答だもんね？そのくらいはわかるのよ、わたしにも。

学年主任は親にどういう回答を期待しているんだろう？はっきり書いてくれよ。こんな風に「この設問にはどう反応すれば正解なんだろう？」ってすごく考えなくちゃいけないのは嫌いだ。時間はかかるし、エネルギーもとられる。白髪だって増えちゃうし。シワだって増えちゃうかもしれないんだから。
でもまあ仕方なく学年主任の気持ちを考えてみる。「お子さんたちは中学校にもすっかり慣れてやりたい放題になってきたので、家でもちゃんと注意してください」かな？とかチラと思うのだが、いやいや、騒ぎ放題なのは今に始まったことじゃないしな～、家で注意なんてしたってウルサイ奴は治らないし、騒ぎの中心にいるような子どもの親はそもそも学年便りなんて読まないだろう。
だとしたらさあ、こんなところに「どう思いますか？」などと呼びかけること自体があんまり意味ないよね。ポーズなだけだよ。そしたらアンケートに回答することも意味ないよね？

考えが一巡してそういう結果になったので、アンケートには記入することなく数日が過ぎたのだが、ある朝小春が登校しがけに「あ、学年便りのアンケート出してって先生言ってた」と。

母：「あんたね～、今家出るって時に言わないでよ。」
小春：「だって昨日も言われたんだもん。」（理由にはなっていないって）
母：「アンケート回答なんてすぐに書けないし、あんなとこ（５×１５センチの紙面）に書ききれない。今日よく考えて回答を書くからって先生に伝えて」
小春：「う～ん、いいけど、お母さんがそんなにマジメに考えてアンケートに答えても無駄じゃないかな。」
母：「・・・・・どうして？」
小春：「（学年主任は）保護者だよりをちゃんと見ました、っていう証拠が欲しいだけだと思うよ。ほら、２年生は保護者便り見ましたっていう切取欄にハンコ押して出すって言ってたじゃない。１年生もそういうふうにしだだけじゃん？ハンコだと子どもが勝手に押して信用できないから、アンケートにしただけなんじゃない？だからお母さんが一生懸命考えても、先生がそれに応えてくれるとは思わないなあ」
母：「・・・・あんたが正しいかも。・・・じゃ、テキトーにアンケート書くわ。待ってて」
小春：「サンキュ～」

は～。そういう正解だったんですか。
わりとまじめに（結構一生懸命に）「保護者の皆さんはどう思われますか？」っていう学年主任の何気ない締めの文を考えていたわたしって、なんつうか、マヌケです。
で、アンケートには「そういう子どもを先生はどう指導されていますか？」と書いて出した。]]></description>
         <link>http://sage.pooton.net/blog/archives/2006/10/gimonbun.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">学校教育と子ども</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 27 Oct 2006 12:51:45 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ウルトラダラー</title>
         <description><![CDATA[<div class="booklog-all" style="margin-bottom:10px;"><div class="booklog-img" style="float:left; margin-right:15px;"><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4103823038%3ftag=harusyouganik-22%26link_code=xm2%26camp=2025" target="_blank"><img src="http://images.amazon.com/images/P/4103823038.09._SCMZZZZZZZ_.jpg"  class="booklog-imgsrc" style="border:0px; width:100px"></a><br></div><div class="booklog-data" style="float:left; width:300px;"><div class="booklog-title"><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4103823038%3ftag=harusyouganik-22%26link_code=xm2%26camp=2025" target="_blank">ウルトラ・ダラー</a></div><div class="booklog-pub">手嶋 龍一 / 新潮社</div><div class="booklog-info" style="margin-top:10px;">Amazonランキング：位<br>Amazonおすすめ度：<img src="http://booklog.jp/img/0.gif"><br></div><div class="booklog-link" style="margin-top:10px;"><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4103823038%3ftag=harusyouganik-22%26link_code=xm2%26camp=2025" target="_blank">Amazonで詳細を見る</a><br><a href="http://booklog.jp/asin/4103823038/via=harusyouga" target="_blank">Booklogでレビューを見る</a> by <a href="http://booklog.jp" target="_blank">Booklog</a><br></div></div><br style="clear:left"></div>

9.11の報道で「真面目な人」という印象だった手嶋龍一氏。ウルトラダラーを読んで「テッシーったら、ロマンチストなのね」と思わずニタニタしてしまった。ウルトラダラーの主人公スティーブンはマンガ“ギャラリーフェイク”の藤田に少し似ている気がする。最初の話題が浮世絵だったから余計にそう感じたのかも。車や競馬やさまざまな文化的なエピソードがおしゃれに、スマートに、華やかに、ウンチクたっぷりに（それでもサラッっと）散りばめられ、知的に快い刺激となって物語を読み進めることが楽しい。それらはとても魅力的ではあるけれど、心の深いところに静かに染み渡るような感動はなかった。

スティーブンが「先生、われわれはインテリジェンスという言葉を、情報や諜報という意味でいともたやすく使っていますが、ほんとうは何を意味するのでしょうか」と尋ねるくだりで「知性によって彫琢しぬいた情報」とブラックウィル教授が答える。子ども向けのファンタジーで長老が主人公に言って聞かせる場面と同じ。手嶋氏は長老（教授）の口を借りて読者にメッセージを伝えている。

<a href="http://www.ryuichiteshima.com/index.html">手嶋氏のオフィシャルサイト</a>に産経新聞から転載された「ウルトラ・ダラーを追え！」という対談がある。この中で、インテリジェンスに関して語られているのが「 vol.5 情報の「真贋」見極め日米に差 」というパート。そのへんのオバチャンである私なんかでも日本のインテリジェンスは何をしているんだ？もしかしてそういう役割の人がいないのか？と苛々するようなことがある。でも、逆に佐藤優氏のような人を見ると、本能的に「怖いなあ」と感じることも確か。

もしかしたら、インテリジェンスを防衛や協調のために働かせることは怖くないけれど、攻撃や権力闘争のために働かせたら、とたんに怖くなるんじゃないかな？<a href="http://www.ryuichiteshima.com/index.html">手嶋氏のオフィシャルサイト</a>の書評コーナーには佐藤優氏とのドキドキするような対談も載っている。（月刊「現代」5月号掲載）
ここに後藤田氏の逸話が出て来て佐藤氏が語っている。

<TABLE width="90%" border="0" align="center" cellpadding="15" cellspacing="0" bgcolor="#FFFFCC"><TR><TD><CENTER>一昨年、朝日新聞が自衛隊発足５０年にあわせてインテリジェンスの特集を組んだ記事の第１回に後藤田さんのかなり長文のインタビューが掲載されています。恐らく後藤田さんが生前インテリジェンスについて統括的に語られた最後のインタビューだと思いますが、この中で後藤田哲学の一番の問題点が明らかになっています。ここで後藤田さんは、情報の収集は必要だ、ただし謀略はやってはいかんと言っているんです。しかしインテリジェンスの世界では、謀略を伴わないインテリジェンスはありません。「謀略」というと言葉の響きが悪いので、敵がやるものを「謀略」「情報操作」、われわれがやるものを「政策広報」と呼んだりしますが、やっていることは一緒なんです。</TD></TR></TABLE>

は～、やっぱり佐藤氏は怖い。そりゃ攻撃は最大の防御とは言うけれど。防御すればよしとするような美学はないらしい。彼の闘志溢れるオーラがインテリジェンスをまとうと凄みになる。スティーブンには凄みがないけれど、マイケルにはちょっとある。そんな所にも純粋な知的探求の延長にあるインテリジェンス（指導者に差し出すレポートのような）と、遂行するべきターゲットを持つ者のインテリジェンスとの違いを感じる。

一般的なスパイ小説は純粋な知的探求としての楽しみなんだろうけれど、ウルトラダラーは現代をそのまま写し取っているのでそうはなっていない。そういう、ちょっと生臭いところが面白かった。スティーブンは生臭くささをカバーするミントのようなものなのかもしれない。
わたしがウルトラダラーを読み終わった数日後、産経新聞のトップ記事に<a href="http://www.sankei.co.jp/news/061008/sha009.htm">「特定失踪者　北朝鮮、職種絞り拉致？」</a>という記事が載った。夫に「ウルトラダラーってフィクションなの？ノンフィクションなの？」と聞かれ「わかんない。フィクションだと思ってたんだけど」と答えた。]]></description>
         <link>http://sage.pooton.net/blog/archives/2006/10/ultradollar.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">書籍・映画</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">社会問題と精神</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 16 Oct 2006 13:13:06 +0900</pubDate>
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         <title>石原 VS 都教職員（ごく一部）</title>
         <description><![CDATA[もう見たくなかった。「憤懣やるかたない」という調子で怒りをぶつける教師の姿。
<a href="http://www.asahi.com/edu/news/TKY200609220306.html">石原都知事「控訴は当然」　日の丸・君が代訴訟(asahi.com)</a>

日の丸を掲揚しなきゃならんとは思わんし、国歌斉唱せいとも言わんけど、自分がやったことの責任を取れと言われて無念さを攻撃的な怒りに変えるのは子どもの見本となる態度ではない。
今回のことに限らず、たとえ時代的な不幸として責任を取らされるとしても、意思を持って行動したのであれば責任を取る覚悟を持つべきだ。

「たった４０秒のことで、こんなに、言えないほどの苦しみを与えられて・・・」みたいなことをカメラの前で発言した先生、きっと全人格否定されたような気持ちなんだろうけど、教育委員会は別に個人を責めるために処分を決めたんじゃないと思うよ。都立高校の秩序を回復するため。悔しいと思うなら「こうすれば秩序を回復し教育の場として機能改善できます」という実践をして見せればいい。そうすれば国歌斉唱や国旗掲揚なんて「型」が教育にとって大切な本質的なことじゃないんだって証明できるのに。

やるべきことをできていないのに主張の怒気を吐くのは、プロとしてみっともない。
これから子どもを都立高校へ入れるかもしれない一般の母としてそう思うし、今回の件は訴えた先生側には味方できない。

関連エントリー　<a href="http://sage.pooton.net/blog/archives/2004/04/post_55.html">都教委と国歌斉唱</a>
]]></description>
         <link>http://sage.pooton.net/blog/archives/2006/09/tokyousyokuin.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">学校教育と子ども</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 23 Sep 2006 17:02:16 +0900</pubDate>
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         <title>『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』</title>
         <description><![CDATA[<TABLE width="473" border="0" cellspacing="0" cellpadding="0"><TR><TD width="127" valign="top"><CENTER><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/redirect?link_code=as2&path=ASIN/4043756011&tag=harusyouganik-22&camp=247&creative=1211"><img src="http://sage.pooton.net/blog/images/book_anya.jpg" width="100" height="140" border="0"></a></CENTER></TD><TD width="346" valign="middle"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/redirect?link_code=as2&path=ASIN/4043756011&tag=harusyouganik-22&camp=247&creative=1211">嘘つきアーニャの真っ赤な真実</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=harusyouganik-22&l=as2&o=9&a=4043756011" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /><P>米原 万里<br>
        出版社: 角川書店 ￥ 580 (税込み) </P></TD></TR></TABLE>
この夏、実家の母が「これ良かったのよ～」とＤＶＤレコーダーに録りためた番組をいくつか勧めてくれた。
『<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B1%B3%E5%8E%9F%E4%B8%87%E9%87%8C">米原万里</a>さん追悼　再放送　世界・わが心の旅「プラハ・4つの国の同級生」』はそのひとつ。
日露同時通訳で有名な米原さんは日本共産党幹部の娘であったため、9歳から14歳までをプラハのソビエト学校で過ごされた。世界・わが心の旅は、このときの同級生（ギリシャ人のリッツァ、ルーマニア人のアーニャ、ボスニア人のヤースナ）がソビエト崩壊後どうしているか訪ねたドキュメンタリーで、1996.2.3に放送され、2006.6.13に再放送された。

母は以前から米原さんを「なんて賢い女性なんだろう、こんなに頭のいい人もいるのだなあ」と思っていたが、この追悼ドキュメンタリーを見てからますます好きになり、米原さんの著作を数冊購読したのだそうだ。ＤＶＤレコーダーのドキュメンタリーを見終わった私に「その番組では明かされなかったことが、この本に書いてあるのよ」と『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』を教えてくれた。番組が放送されたのが1996年、そして『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』は2001年7月に出版され、2002年に第33回大宅壮一ノンフィクション賞に輝いている。]]></description>
         <link>http://sage.pooton.net/blog/archives/2006/08/yoneharamari.html</link>
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         <pubDate>Thu, 31 Aug 2006 22:10:29 +0900</pubDate>
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